あるジョブホッパーの軌跡

7転8起の人生

4社目② 40代後半

 1年以上経過し、予定をかなり遅れながらも製品上市。それまで取り扱いを決めてくれていた顧客に、納入。が、納期遅れ、品質クレーム多発で、営業は、後向きの仕事に追われることになる。そのうちに、決定的な品質の問題点が発見される。新しい市場に進出するには、開発時間が短すぎたのである。新しい市場に必要なノウハウや経験は、馬鹿にならない。大量の返品と在庫を抱え、会社側が早くも、事業撤退のプレッシャーをかけてくる。それ以降、対外的なものより、内なる敵に悩まされることになる。会社は、創立まもないベンチャーくずれで、まだ、創業者が権力を握っていた。創業者の一存ですべてが決まる体制であり、よくここまでは、創業者のあずかり知らぬところで、自由に動けていたものである。運だけで急激に大きくなった会社によくあるパターンで、権力者の周りには、イエスマンの取り巻きがいて、その者たちが、会社の新しい発展を阻害する。独裁体制にはつきものの権力構造が、この会社にも存在していた。取り巻きは、新しい勢力が成功することを好まず、かなりの足の引っ張りを露骨にしだした。会議でも事業の問題点や個人批判ばかりをし、自ら意見は存在しない。ある時、嫌みで、「問題点はわかりました。ではあなたならどんな対策を打ちますか?」と尋ねると、質問には応えず、またテープレコーダーのように個人批判を繰り返す。会議中3度ほど同じ事を繰り返すレベルの低さだ。密告や嘘の情報を恣意的に流す等下品な動きは、当たり前にある。10年後の今も、新しい人間はあいかわらず定着せず、創業者をトップに、取り巻きと無能な人間だけで固まっている。
 新規事業に挑んだ事業部長も辞めさせられ、何人かの人間が、自ら会社を去った。私と同年で個人的に仲の良かった部下も、もうこの会社には居れないと転職活動を始めた。ある日、会社のグループウェアを見ていると、出張先に、面接予定の会社が堂々と登録されていた。笑うと同時に、このように馬鹿にされる会社はダメだなと改めて感じた。ある時、創業者に呼び出され、いきなり、「お前は会社員としての基本に欠けている。今すぐ、ここから出て行け」と怒鳴りつけられるということもあった。誰かが私のことを影で非難したことに対応した動きであったが、会社員にとって権力者に脅されるほど怖いものはないことを知った。そんなこともあったが、創業者との関係は悪くなく、事業の撤退戦とは切り離され、新たな事業のネタ探しという新しいミッションを与えられ、動くようになっていた。転職は常に意識していたが、このミッションだけは、完遂したいという気持ちが強かった。
 そのうち、事業の形が見えだし、新たな新規事業部が作られることになり、私は、また、営業責任者としての役割を担うことになった。会社からは完全に心は離れ、傷ついてはいたが、最初から関わっていた仕事でもあり、成功したい思いであった。Iさんの”この会社は利用するためにある”という言葉を思い出した。利用できる間は、利用しようと。
 既知の部下達との人間関係はすでにできあがっており、協力し市場開拓を行い、ほんの数年の間だったが、数億規模の案件も何件か受注できた。その先の事業の絵も描けつつある。が、受注するたびに、納期遅れ、品質クレーム多発で、追い込まれることになる。それまで、私自身、技術者というものを尊敬していた。難しいと思われた高い目標を達成するのが技術者だと。だが、この会社の技術者達は違っていた。ちょどその頃、理由は不明であるが、取り巻きの私個人への足の引っ張りが露骨に始まりだした。新しい事業部長もその1人だった。荒唐無稽な数値目標や、降格圧力等個人攻撃、人が組織に居たくなくなる勘所をよく知っている動きだ。ある時、創業者、取り巻き、事業部長が集まる何度目かの緊急会議の中で、またまた事業部の将来が話し合われた。途中、事業部長が突然”皆に迷惑をおかけし申し訳ない”と泣き出し、話は、うやむやに終わるということがあった。完全に茶番であり、この会社では、過去に何回も見られた光景であっただろうと直感した。完全にあほらしくなり、例のスイッチが入ることになった。ここから逃げようと。